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現実は単なる二度寝の夢

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更らるり巻きたり

人間がこのまま生命の神秘と宇宙の向こう側を解明していくことに、少しだけ不安を感じている。
なんとなく、結論として「人間の一生って、なんだか別に大したことじゃない」っていう話になりそうだから。

〜〜〜〜〜〜

人間は人間の基準を持って宇宙に「生物はいるのか」ということを躍起になって探求している。
でもそれは、あくまで人間の知覚(+αくらい)で捉えうる範囲でしか観測できなくて、そこに意味はあるんだろうかと思う。

いま人間がカテゴライズしている「生物」というのはあくまで地球上で生息するためにデザインされた生物でしか無い。
呼吸とか、歩行とか、思考とか。
でも、宇宙に出て地球そのものから離れた場所で「生物」を観測しようとしたときに、そのカテゴライズはあまり意味を持たない。
だとすると宇宙で生物を見つけるにあたっては何かしらの定義付けが必要になる。それってなんだろうか。

たぶん、実用的な意味合いも含めて考えようとすると、「人間と意思疎通をとれるかどうか」は1つのポイントになってくる様な気がする。
(それがそのまま地球の「生物」の定義に当てはまるわけじゃないけど、いったん置いとく)

でも、結局そこを突き詰めて考えていったときに、最終的に「人間の意思」の上位概念みたいなものに気が付いてしまうんじゃないだろうか。
運命とか、感情とか、論理的思考とか、そういうものを全て決定付ける何かしらのものを発見してしまうんじゃないか。

そうなると人間は人間として生きる意味を見失う。
それまで人間は生物の頂点であることとして、他の生物には無い思考によって文化的な生活を送ることができることを挟持として持っていたのに、そんなことが全くの意味を成さない(そういったことを考えること自体も全て筋書き通りだった)ということが分かってしまったから。
こんなことに気がつくくらいだったら何か思考を持たない生物(つまりは人間以外の全ての生物)として生きている方がよっぽど生物らしく生きることができたのに、と絶望する。

みたいなことがありそう。

とりあえずそんなことが分かる前に自分は一生を終えられると思うので、そこはひとまず安心しておこう。
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